皆様、こんにちは。

1a私はプラハという街に住んでいます。ここは芸術の街、そしてバイオリン製作の伝 統が生きている街でもあります。私は5歳からバイオリンを弾いていたので、その影響もあ り、バイオリン製作を自分の仕事に選びました。私は1982―1985年まで、チェコ共和国の西側に あるヘプという町のバイオリン製作学校で勉強しました。その頃すでに、バイオ リン製作者でもあった私の叔父、Josef Vavra(1912-1998)の工房で仕事 をしておりました。そこで私は彼から様々なことを学びました。彼のもとで学んだことが私の将来を決定づけたと思っています。

私は1985―1987年の間、北ボヘミアのHradec Kraloveの高校で勉強しまし た。1986年にはVladimir Pilar氏のもとで学びました。この有 名なチェコのバイオリン製作者のもとで修行をしたことで、私は基本的な技巧を習 得することができました。VladimirとTomas Pilarは仕事の基本、そして将来、成長するための土台を与えてくれました。彼らの工房にいたときに 作った私の楽器は1989年に行われた国際製作コンクールのヴィオラ部門で受賞し ました。

この成功のおかげでドイツのBernard von Hunerbein(の会社)に留学すること ができました。その間、1989-1992年の間にロンドンで行われたオークションにも参加 し、私がまだ知らない製作者の楽器などもたくさん見ることができました。ドイツ滞 在中、Hunerbein氏によって技術的なことだけではなく、多くのことを吸収するこ とができました。

img0023a1992年、チェコへ戻り、芸術製作者の会員となって、自分の工房で楽 器を作り始めました。Premysl O. Spidlen(さん)と言う高名な製作者のもとで助手 も勤めました。またドイツやイギリス、イタリアでの短期留学も経験し、コンクールや セミナー、博覧会にも参加しました。例えば、1994年にはニューヨークで行われたBiddulph主催の25丁のGuarneri del Guesu(ガルネリ・デルジェス)の大きな 博覧会に参加しました。ここでは世界的に有名なバイオリニストJosef Suk, Yehudi Menuhin, Isaac Stern, Ruggerie Ricci, Maxim Vengerov.Maxim Vengerovに会うことができました。その後、ヴェンゲーロフは1998年にプラハのRudolfinum(芸術の家)で行われた彼の演奏会の前に、彼の楽器Stradivarius 1728の修理 を私に依頼しました。その演奏会前の修理中の2日間、彼は私の楽器で練習していま した。演奏会当日の午後に私は修理を終え、彼のもとへ届けることができました。

1999年にはスイスの有名な工房と修復会社La ChauxのClaude Lebetの職人として受け 入れられ、そこで2002年まで働きました。ここでは古い有名な楽器やその修復作業を 知ることが出来ました。たとえば様々な時期のStradivariやGuarneri一族の 楽器、また有名なバイオリン奏者、Eugene A. Ysaye, Fritz Kreisler,Pablo Casals らが使っていた楽器も見る事ができました。フランスのバイオリン製作や弓 の学校だけではなく、フランス語やワインとチーズについても色々知ることができま した。

img_64312003年からは私はまたプラハの自分の工房で働いています。私の弟、アレクサンドルも実 力のある製作者です。私たちの工房はいつも開放しています。350年前からバイオ リンを作り続けているプラハの街に是非、訪ねて来て下さい。